ロスゼロへ取材【杉本記者の取材後記】
「おせち料理は元日に食べなくても、オードブルととらえればゆっくり楽しめるはず」。ロスゼロ(大阪市)の文美月代表はこう語り、商標登録もした「おそち」と呼ぶ商品を年末年始に販売している。日本の正月の食卓を彩るおせち料理だが、縁起物としての性質上、メーカーや販売業者も万一の場合を考えて多めにつくり、在庫も手厚く用意する傾向があるという。しかも、ひとたび三が日を過ぎるとたちまち価値を失うことから、実際には一定数が廃棄処分となっているのが実情だ。
そのおせち料理もいまは冷凍品が主体で、賞味期限も1月末ごろまでに設定されていることにロスゼロは注目。流通段階で余剰になったおせちを仕入れ、通常価格の半額ほどに抑えて消費者向けに販売している。ネーミングには、「少し時期が遅くても楽しむ」という意味を込めた。環境意識が高い消費者の間で、2024年の年末も引き合いは上々だ。
起業歴20年以上を数える文代表は、「行動の人」だ。シリアルアントレプレナー(連続起業家)で、現在は食品ロスを減らすというビジョンを掲げ、過剰在庫の食品などを仕入れて消費者や企業に販売するインターネット通販を事業の柱としている。
最初の起業は01年。大手金融機関の総合職として働いていたが、退職後に結婚と出産を経てヘアアクセサリーのネット通販を独学でいちから始めた。収益事業のかたわら、サンプル品や使われなくなったヘアアクセサリーを集めて途上国の子供たちに寄付する活動にも進出。それがきっかけでサステナビリティ(持続可能性)に目覚めたという。
18年に事業を始めた2社目のロスゼロは、食品メーカーや輸入商社などから過剰在庫となって従来は廃棄されていた食品を仕入れて箱詰めしたものを2か月に1回宅配するサブスクリプション(定額課金)型の「不定期便」を主力としている。レトルト品や菓子、缶詰などそのときどきによってバラエティに富んだ食品が段ボール箱にぎっしりと詰まり、定価1万円ほどのものを5000円で買えるお得感と、開けるまで中身がわからない「福袋」のような感覚も消費者の間でじわり支持を広げている。
環境省によると、日本全体の食品ロスは年間472万トン(22年度)にのぼる。うち約半数が企業活動の過程で排出されている。大きな壁となってきたのが、日本ならではの業界慣行であるいわゆる「3分の1ルール」。メーカーや卸は製造日から賞味期限までの3分の1以内で小売店に納品し、小売店は同様に3分の2を過ぎた食品を販売しないという事実上のルールだ。このルールから外れた商品は、品質や味に問題はないのに返品や廃棄を余儀なくされて行き場を失ってきた。ただ、サステナビリティへの意識から企業側の姿勢もようやく変わり始めた。
文代表は、「北欧などでは、スーパーなどで販路を失って食品ロスになりそうなものを積極的に買ったり食べたりする行動こそが『クール』だとみなされる」として、「日本でも消費者の行動変容を促すことがロスを減らすカギになる」と強調する。
そのロスゼロが新たな事業の柱に育てつつあるのが、アップサイクル品「Re:You(りゆう)」シリーズ。無から価値を生んだ「不定期便」や「おそち」で掘り起こした販売チャネルに、農家や菓子メーカーも熱い視線を送る。東日本大震災で被災した宮城県気仙沼市のいちご農家と組んで開発したのは、不揃いのいちごをフリーズドライにして未利用のチョコレート材料でくるんだキューブ型の菓子「気仙沼みなといちご」。一方、大阪市の老舗あられメーカーは型抜きの過程で発生する生地の切れ端を捨てずに再利用しようとロスゼロに協力を求め、三角形のあられに生まれ変わらせた「再生あられ」を製造した。これらはロスゼロのオリジナルブランド「Re:You」の商品群に加わり、ネット通販されている。
最近では、卵の殻やホタテ貝の貝殻、コーヒーかすや食品原料を捨てずに何かに生まれ変わらせることができないか、様々な案件が持ち込まれているという。大企業だけでなく、スタートアップや大学、自治体やNPOなどと連携し「なぞなぞのようなアイデア出しをしている。食から食を生み出すだけでなく、産業素材やバイオマス(生物資源)を生み出すこともありうる」と文代表は意欲を燃やす。ただ、コスト面で商品化に至らないケースもあるという。製造・流通現場では「捨てたほうが安上がり」と経済合理性の側面から廃棄を選ぶ事例も依然として少なくない。流れを大きく変えるには、食品ロスに前向きな事業体に支援金や税制などでインセンティブを与えるなどといった公的な仕組みも検討の余地がありそうだ。