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京都・坂ノ途中へ【杉本記者の取材後記】

「有機農業の担い手は、『隠れキリシタン』のように点在している」。有機野菜を農家から直接買い、個人向けに定期宅配する坂ノ途中(京都市)の小野邦彦代表取締役は、欧州などに比べてなお圧倒的少数派(耕地面積に占める割合は0.6%、2021年)に属する日本の有機農業の生産者をこう描写する。

右から 坂ノ途中 小野邦彦代表取締役、杉本記者

坂ノ途中は設立から15年と、ベンチャーとしてはそれなりに社歴が長い部類に入る。取引農家は関西を中心に400軒ほど。契約している生産者のうち、およそ8割が新規参入組というのが特徴だ。環境への負荷を減らすべく、農薬や化学肥料に頼らない「有機」を志して農業の世界に飛び込んでくるものの、成功モデルが身の回りに少ないといった事情からおのずと農法や生産計画も手探りになりがちだ。
そうした生産者へのサポート役として機能しているのが、坂ノ途中が収穫量を産地や品目別に集め、インターネットを通じて提供しているデータだ。農家は「れんらく帳」というツールを使うと、過去の同じシーズンにどんな野菜の収穫量が多かったかや、需給が緩んで余りがちだったか、産地ごとのトレンドなどの経験則がカラフルなグラフで把握できる。
「例えば6月のズッキーニやミニトマトは、生産者同士でめちゃくちゃかぶる。それを知らないまま走り続けると『志を持って有機農法をやっても売れないなんて、世の中が間違っている』と憤ったりしがち」と小野氏。その点、グラフで「見える化」されると論より証拠で、バッティングが少なく安値になりにくい品目の作付けを増やそうといった工夫につながり、収入増に結びつきやすいという。

本社1階は出荷のための作業場となっている


実は起業前、小野氏は外資系証券会社でデリバティブ(金融派生商品)を開発していた。これまで市場外流通が主体で市況や適正価格がつかみづらかった有機野菜の世界に、マーケットの発想を取り入れているという見方もできる。農家側には毎週1回、翌週の出荷可能数を入力してもらっており、今後参加者が増えれば市場全体での需給をほぼリアルタイムでつかむこともできるかもしれない。

従業員食堂では、様々な有機野菜をオリジナルレシピで調理したランチを提供


同社は海外でも、持続可能な農業を広げようと着手。「海ノ向こうコーヒー」と名付けた事業では、ラオスやミャンマー、インドネシアなどアジア各国で森林を保護しながらコーヒー豆を栽培する方法を授け、伝統的な焼き畑農業や森林伐採をせずに安定的な収入が得られるよう支援している。収穫した豆は日本のロースターやカフェ、個人に販売するほか、海外のコーヒー輸入企業にも売り込んでいる。
「野菜に比べてコーヒーは、品質に応じて高い値段を払おうという文化がちゃんとある」と小野氏は語る。生産履歴が明確で品質面でも高い基準を満たした「スペシャルティコーヒー」を名乗れる豆が増えれば、付加価値型の事業に育つ可能性がありそうだ。

「海ノ向こうコーヒー」はアジアなど各国で森林を保護しながら栽培・収穫したコーヒー豆を取り扱う


会社としての収益はこれまでのところ先行投資が続いているとみられるが、多くの大企業がベンチャーキャピタルなどを通じて出資していることからも成長期待が高いことがうかがえる。味の素やパナソニック、ハウス食品グループ本社、双日などが名を連ねる。ユニークな社名は、まだ道半ばでさらなる高みを生産者とともに目指していくという意味。ビジネスを通じて社会課題の解決を目指す「ソーシャル起業家」としての道のりはなお続く。

京都・東寺に近い本社前で

坂ノ途中 小野さんへのインタビュー全編はこちらから