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特別な技術を使い、奇抜なアイデアに頼るのではなく…【吉田編集委員の取材後記】

特別な技術を使い、奇抜なアイデアに頼るのではなく、「普通考えたらこうなる」というシンプルな発想でビジネスを軌道に乗せた好例だろう。アグナビ代表の玄成秀さんが展開している日本酒の1合缶のことだ。

説明を聞くと、とても理にかなった売り方であることがわかる。1合の飲みきりサイズなので、飲み残して品質が劣化する心配がない。瓶と比べて軽いので持ち運びに便利で、落としても割れる心配がない。
一升瓶と比べて量が少ないので、飲み比べを楽しむのにも適している。これだけ各地に地酒があるのだから、味を比較してみたいという潜在的なニーズがあるのは明らかだ。一升瓶ではなかなかそうはいかない。
もちろん、これまでも日本酒を缶で売ろうという試みはあった。ただ既存の酒蔵が細々と取り組んでいるだけで、需要を刺激するような広がりを持つことはできなかった。玄さんはそこに風穴を開けつつある。
商品の魅力は味だけではない。そもそも様々な地酒の味を知っている人がそう多くいるわけではない。そこで玄さんは、缶のデザインに凝ることで、味を知らない人でもふと手とってもらえるよう工夫した。
それが効果を発揮するのは、全国の酒蔵を巻き込んだことで、消費者が缶のデザインを見て「選ぶ楽しさ」を感じることを可能にしたからだ。銘柄の種類がわずかにとどまっていれば、こうはいかなかっただろう。


アグナビ代表の玄成秀さん

筆者が玄さんと知り合ったのは、玄さんがまだ東京農業大学の大学院生だったときのことだ。当時、玄さんは「食と農に貢献する大きなビジネスを手がけたい」と熱く語っていた。日本酒缶はその第一歩となる事業だ。

今後期待できそうなのが輸出だ。瓶と比べて軽くて破損しにくい点は、長距離輸送でその強みがいっそう鮮明になる。1合という量は、日本酒の消費がまだ少ない地域で「お試し」で飲むのにも適しているだろう。
そして言うまでもなく、日本酒の原料はコメ。長期的に消費減退に直面し続けるコメにとって、主食以外の用途をどうつくるかは大きな課題。国内外での日本酒の需要喚起は、稲作の振興にとっても意義がある。
番組でも語っていたが、日本酒缶に手応えを感じた玄さんは、すでに次のビジネスの構想を練り始めている。1つの事業にこだわり続けるのではなく、道筋がつけば新たなステップに進むのは最近の起業家の特徴だ。