【吉田編集委員の取材後記】農業経営には様々なタイプがあります
農業経営には様々なタイプがあります。農場の広さは1ヘクタールに満たないものから、100ヘクタール超まで千差万別。従業員を雇い、企業的な経営をしている農家もいれば、家族が中心の経営もあります。
ではどんな農家が「うまくいっている」と言えるのでしょうか。
例えば、売り上げがかなりの金額に上っていても、「成功した」と簡単に言い切ることはできません。農業は多くの場合、収益性が高くないので、売り上げでイメージするほど利益が出ていない可能性があるからです。
これは企業の農業参入を取材してきて得た実感です。参入したときは華々しく報じられながら、10年もたたずにひっそりと撤退したケースが少なくありません。じつは参入してすぐうまくいかないことに気づき、内部で撤退を考え始めた事例もありました。農業の難しさを見誤ったのです。
企業農業と比べると、井垣貴洋さんと美穂さんの営農はいかにも頼りなげに見えます。農薬を使わないだけでなく、肥料さえ畑にまかない。規模も小さい。種は買ってくるのがふつうですが、あえて手間のかかる「種取り」をして野菜を育てる。効率を最優先に考える経営とは対極にあります。
それでも2人が農業に専念し、10年以上続けてきたのは動かしがたい事実です。「本当にできるの?」といった懐疑的な見方も当初はありました。そんな声に惑わされることなく、土や作物と向き合ってきたのです。
それを実現できたのは、就農したときから抱いている「できるだけ自然に野菜を育てたい」という思いが、けっしてうわべだけのものではなく、2人が心から大切にしている目標だからでしょう。それはたんに生計の糧として割り切れるものではなく、暮らしと一体になった生き方そのものです。
そのシンボルが、番組の収録場所として今回使わせていただいたご自宅です。大きな窓の外に自分たちの畑が広がり、ときに子どもが友達を連れてきてそこで遊ぶ。農業でなければなかなかできない生活スタイルです。
こうして見てくると、井垣さんたちが「うまくいっているか」という問いへの答えは明確でしょう。自分たちが信じたものに人生をかけ、地道な努力で栽培の腕を磨く。その成果はおいしい野菜として形になる。番組を聴いてくれた皆さんも、そんな生き方をステキだと感じたのではないでしょうか。