【吉田編集委員の取材後記】「できっこない」という見方を退け、新しいことに挑んで道を切り開く
今回のゲスト、井狩篤士さんが栽培している小麦「ゆめちから」は農業界や食品業界で「魔法の小麦」と呼ばれている品種です。国産小麦の使い道を広げ、食料自給率を向上させる可能性を秘めているからです。
パンやラーメン、パスタは、いまや日本人の食生活にとって欠かせない食べ物です。ところが、日本の小麦は薄力粉や中力粉の品種が多く、それらを作るのには向いていません。生地に弾力がつきにくいからです。
そこに登場したのが、超強力粉の原料になるゆめちからです。中力粉とブレンドすることで、モチモチ感と軟らかさがほどよい製パン用の小麦粉になります。日本各地の小麦がパン用に変身できるのです。
ものづくりやサービスのすべてに共通していますが、提供側の都合に合わせるのか、消費する側の需要に合わせるのかがポイントになります。ふつうは消費者のニーズに合わせてサービスや製品を考えます。
ところが農業では、往々にしてその逆のことが起こります。気候風土の制約があるので、需要に合った作物を作ることができない場合があるからです。日本の農業がいまも稲作中心なのはそうした事情からです。
その結果、何が起きたでしょうか。出口の見えないコメ余りです。聞かれれば皆、「日本人にはコメが大切」と答えるでしょう。でも現実には日本の食生活は劇的に変化し、ご飯のない食卓は珍しくありません。
本来なら、食卓に合わせて作物を決めるのが王道です。でもそれができなかったのは、パンやラーメンに向いた小麦が日本に少なかったからです。ゆめちからによって、壁を突破できる可能性が出てきました。
このテーマは食料安全保障にも直結します。国民への食料供給が不安定になる要因は様々にありますが、日本の場合、最も大きいのは主要国で例外的に低い自給率です。大半を輸入に頼る小麦はその典型です。
日本の農業はずっと、「零細な稲作農家」が政治的に大きな影響力を持ってきました。彼らのほとんどは兼業です。それが日本の農地の保全と食料供給に貢献してきた意義を、過小評価すべきではありません。
問題は設備投資をして、新たな作物に大きく挑戦するのが難しい点にあります。これは食料生産の課題ははっきりしているにもかかわらず、農政が大胆な方向転換をできなかった要因の1つにもなっています。
だからこそ、井狩さんたちのような存在が大切になるのです。「できっこない」という見方を退け、新しいことに挑んで道を切り開く。政策支援が話題になりがちな農業で、いま最も重要なことではないでしょうか。
【井狩さんのインタビューが聴ける回はこちら↓↓↓】