農林中金総合研究所の平沢明彦さんにコメントを求めるようになってから【吉田編集委員の取材後記】
農林中金総合研究所の平沢明彦さんにコメントを求めるようになってから、もう10年以上になる。筆者が農業取材を始めた当初からのつき合いだ。
この間、判断に迷ったとき、様々な研究者に意見を聞いてきた。だが取材を重ねるにつれ、どこか違和感を抱くようになった人が少なくない。
反対に平沢さんに関しては、後になってから真意に気づいたことがかなりある。取材の蓄積が足りず、何を伝えようとしているのかに理解が追いつかなかったのだ。いまの筆者の農業観の根底に、平沢さんの助言がある。
とくに支えになっているのは、たとえ専門外のことであっても、専門分野の知見をもとに、独自の視点で「切り口」を提示してくれる点だ。
アサリの産地偽装が起きたとき、その背景について意見を求めたことがあった。平沢さんは水産を研究対象にしているわけではない。だがしばし考えた後、「アメリカの農産物では産地偽装は起きにくい」と指摘した。
この意味がおわかりになるだろうか。アメリカの農産物は極めて高い生産効率を誇っており、他の国を圧倒する価格競争力がある。
これに対し、日本は安値で勝負するのは難しいので、「国産」や「付加価値」といったものを前面に出しがちになる。多少値段が高くても、消費者に手に取ってもらうためだ。農産物の多くがこの路線を追求してきた。
ところがここで悩ましい問題が浮上する。確かに、栽培方法などを工夫した農産物にはなにがしかの付加価値があるのかもしれない。だが消費者は実際に食べてみて、味の違いをはっきり区別することができるだろうか。
ここに業者を偽装へと導く原因の根源がある。味は似たようなものなのに、「国産」と表示すれば高く売れる。たとえそれが外国産であっても。
平沢さんは水産分野の研究者ではなく、主要各国の農業政策やその背景にある生産条件などを研究してきた。その知見を応用すれば、「なぜ頻繁に産地偽装が起きるのか」という問いに答える手がかりが見えてくる。
研究者にとって自分の専門分野を深掘りし、地道に成果をあげるのは言うまでもなく大切なことだ。もちろん平沢さんも、メディアで盛んに発信する「なんちゃってコメンテーター」のような立ち位置にはいない。
そうではなく、専門を踏まえながら、より広いテーマについても「考えるヒント」を示す。その柔軟性の意義はますます高まっている。