【吉田編集委員の取材後記】どんなことにチャレンジするにしても
どんなことに挑戦するにしても、「どうせ難しい」とあらかじめ決めつけてしまえば、うまくいきません。でも多くの場合、ちょっと見方を変えれば、じつはチャンスが潜んでいることに気づきます。今回のゲストの近藤剛さんの取り組みは、それが農業にも当てはまることを示す好例でしょう。
例えば、約5ヘクタールという栽培面積は、地方の広大な農場と比べると小規模の部類に入ります。効率で産地と正面から張り合うのはかなりハードルが高いい。ところが近藤さんの農場がある東京に目を転じれば、話は変わります。東京の農地の平均は0・7ヘクタールしかないからです。
とはいえ、ふつうにやったのでは地方から大量に運ばれてくる野菜と競争になります。そこで近藤さんが注目したのが、スーパーの地場コーナーや地元の野菜を優先的に扱ってくれる学校給食です。これなら競争相手は都内の農家。他よりまとまった量を出荷できる点がここで生きてきます。
しかも近藤さんの作戦には、さらに先がありました。周囲の農家がほとんどつくっていない作物を選んだのです。それがネギとコマツナ、サツマイモです。他の農家とバッティングすることの少ない作物に絞り、売り先のニーズに応えることのできる量を栽培する。理にかなったやり方でしょう。
こうした路線を追求することを、近藤さんは農業を始めるときから念頭に置いていました。自然と向き合い、作物を育てることは農業の大きな魅力です。でもそれ以上に重視したのは、経営として成り立たせることです。
その目標を達成するために、スタッフを雇用するのは近藤さんにとって当然の選択でした。よほど付加価値の高い作物を見つけない限り、一人で実現できる収益には限界があるからです。そしてスタッフを雇ううえで大切にしたのが、働きやすい環境を整えること。週休2日はその象徴です。
10年あまり前に農業取材を始めたとき、「もうからない」「息子には継がせられない」といった話をよく聞きました。農業の経営環境が厳しいのはいまも同じです。それでも近藤さんのように新たに農業を始め、一緒に働くチームをつくり、経営を成立させている人が登場したのは大きな希望でしょう。
難しいと思われていた分野でも、見方を変えれば活路を開くことができる。課題が多いと言われているからこそ、創意工夫で新しいビジネスのかたちをつくる余地がある。農業ほどベンチャー精神を発揮できる仕事はそうないのではないか。ゲストの皆さんの話を聞きながら、毎回そう感じています。