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【吉田編集委員の取材後記】今回のゲスト

今回のゲストの久松達央さんと初めて会ったのは、約10年前にさかのぼります。
久松さんの名を多くの農業者が知ることになった著書「キレイゴトぬきの農業論」がまだ出版される前。取材の一環として講演を聴きにいったとき、複雑な事象をロジカルに表現する話しぶりに強い印象を受けました。

久松さんの説く内容でとりわけ独自性を感じるのは、自らの立ち位置を俯瞰(ふかん)したうえで、営農の意義を伝えようとする姿勢です。際立つ特徴は「分断の論理」を乗り越えること。農業界にとどまらない各界との交流で鍛えた「自分がやっていないこと」への想像力が、それを支えています。

例えば、有機農業は慣行農業と比べ、野菜の味や安全性、環境への調和で優れているという一般のイメージを退けます。では有機にはどんな価値があるのか。番組でも語ってくれましたが、制約があるからこそ栽培の面白みが増す。それを突き詰めることで、シェフが惚れ込む野菜ができるのです。

近著「農家はもっと減っていい」のスタンスも同じです。核心にあるのは「小さくて強い農業」の価値。「大農」と「小農」のどちらが正しいかという、農業界に昔からある対立構図に依拠した言説とは一線を画します。大規模化の流れを認めたうえで、魅力的な「弱者の戦略」を提示して見せます。


和やかな収録風景

高齢農家の引退が加速し、一部の担い手に必然的に農地が集まりつつあります。栽培方法を環境により優しいものに改めるよう求められているのは営農の大小に関係なく共通です。日本の農業はいま構造変革期にあります。
生き残るのは簡単なことではありません。それを踏まえたうえで、「小さいことの意義を探る。見えてくるのはベンチャー精神の大切さです。日本は年に数百万トンの食品を、まだ食べられるのに捨てる「飽食の国」。そんな状況で新たに農家になり、営農を軌道に乗せるには、起業家精神が不可欠です。
よって立つべき最も大切な基盤は、たゆまぬ創意工夫と目標の実現に向けて歩み続ける意志。農業には多くの場合、補助金がつきもので、それ自体は否定すべきことではありません。でも政府に守ってほしいと願う受け身の姿勢では、持続可能な営農のかたちを手にすることはできないでしょう。

久松さんの言葉は、机上で考えたものではありません。とても論理的で刺激的ですが、いずれも自らの体験に根ざしており、リアルな営農の現場から遊離することはありません。農業に限らず、新しいことに挑戦しようと思う多くの人たちに、久松さんのメッセージが届いてほしいと思います。

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