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どの分野にも共通のことではあるが【吉田編集委員の取材後記】

どの分野にも共通のことではあるが、制度をつくっただけでは多くの場合、物事はうまく回らない。とりわけ、それが新たなチャレンジであるとき、制度より他の要素が重要になる。取り組みをけん引する人の存在だ。
東京都での新規就農に関して言えば、井垣貴洋さんと美穂さんの登場で、「東京で就農は無理」と言われていた状況が一変した。併せて忘れてはならないのは、東京都農業会議の松沢龍人さんの果たした役割だ。


左から 松田龍人さん、山口アナウンサー、吉田編集委員

井垣さん夫婦を含め、この10数年で新規就農した「東京ネオファーマーズ」はすでに70人を超す。彼らはほぼ例外なく、最初に東京都農業会議を訪ね、どこで研修し、農業を始めるかを松沢さんに相談して決めた。

「それも東京都農業会議の仕事」と言ってしまえばそれまでだが、この間の松沢さんの奮闘は単なる職員の域をはるかに超える。月1回、すでに就農した人や就農準備中の人が中華料理店に集まる懇親会はその1つだ。

松沢さんはその会を主催し、就農者たちが情報を交換し、思いをぶつけあう場を提供してきた。筆者も何回か参加したことがあるが、農業という仕事にポジティブに向き合おうとする人たちの熱気が会場に満ちていた。

ここで強調したいのは、松沢さんはこうした活動をずっと続けてきたという点だ。数回程度なら、他の人にもできるかもしれない。だがそれを長年やり続けることは、よほどの情熱がなければできることではない。
言うまでもなく、懇親会は活動のシンボル。他の職員とも連携しながら、研修先や農地の確保、就農後のフォローまで様々な場面で彼らを応援してきた。そしていまや、都内での就農は決して珍しくなくなった。

それを端的に示すエピソードを、番組の中で紹介してくれた。以前ほど、有機農業を希望する人が多くなくなったのだ。かつては都市近郊での就農は少数派で、強い思い入れが背景にあった。有機はその象徴だった。

ところがメンバーが増えるのに伴い、都内で農業を始めることは「普通のこと」になった。無農薬で野菜を育てる意義を否定するわけでは決してないが、一般的な栽培方法を選ぶ人が増えたのは重要な変化と言える。
これからも、大勢の人が東京やその近郊での就農を目指して松沢さんのもとを訪ね続けるだろう。非農家出身でも、都市で農業を始めることが可能であることを証明したネオファーマーズたちの今後に注目したい。
 

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