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広島・あじかんへ【杉本記者の取材後記】
菓子メーカーやショコラティエにとってはほろ苦い季節が続く。チョコレート製品の原料となるカカオ豆の高騰が落ち着く気配を見せないからだ。今年のバレンタイン商戦でも値上げを余儀なくされる事業者が目立った。カカオ豆の国際価格の推移を見ると、2025年2月時点でロンドン市場の先物価格は1トンあたり8000ポンド近辺で前年同期の2倍ほど。史上最高値をつけた昨年4月の水準よりは2割ほど下がったとはいえ、歴史的な高止まりが続いている。
カカオ豆の主要産地であるガーナとコートジボワールでの不作による供給不足が引き金だが、実需でのバランスが崩れたことに加えて投機的なマネーの流入が極端な値動きを招いている側面もある。
そんななか、チョコレート製造に欠かせないなめらかさを加えるカカオ豆由来の油脂「ココアバター」をほかの油脂に置き換えるなどの動きも出ており、代替素材に注目が集まっている。
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広島市に本社を置く業務用卵焼きなどの食品メーカー、あじかんはチョコには必須の原料であるカカオマスやココアバターを一切使わない「カカオレス」ながら、まるでチョコレートという斬新な商品を開発した。同社の新感覚スイーツ「ゴボーチェ」は、板チョコ風のスライスを一口大に小分けにした。一口含むと、土や根菜風の野性味を感じる香りが鼻腔に抜けるが、甘さや苦みがあいまった深い味わいとなめらかな口溶けはチョコに近い。
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ゴボウを焙煎した「ゴボウ茶」のメーカーとしても知られるあじかんだが、商品名からもわかるようにゴボーチェは焙煎したゴボウを原料にしているという。確かに最初に感じるのは畑から掘った土つきゴボウを彷彿とさせるインパクトのある香りで、大人向けのフレーバーともいえるが、不思議とチョコに似ている。
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ゴボーチェは、開発を主導した開発本部研究部の平尾凌氏の「勘違い」が発端となった。「プラントベース(植物由来)食品を開発するなかで、油脂をつくってみようと思った」という。平尾氏によると「本来、カカオからとれるので植物由来にもかかわらず、名称にバターがつくためココアバターを動物由来の乳製品と思い込んだ。その代替品をつくろうとココナッツオイルとココアパウダーを混ぜてみた」。
しかし、失敗作だと思って捨てようとした折にふと思い出したのが、主力商品のゴボウ茶。お茶として煮出すだけでなく、茶葉を食べても香ばしくておいしいという声。ココアパウダーを混ぜるかわりに、ゴボウ茶を細かく砕いたものをココナッツオイルと混ぜると、「たまたまチョコっぽいものができた」のだという。
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食品物理学が専門で、チョコレート研究にも携わる広島大学の上野聡教授とも連携。焙煎ゴボウと油脂と砂糖を混ぜるシンプルな構成だが、溶ける温度をチョコに近づけたり、舌に感じるざらつきを減らすために原材料を微粒子にしたりするなど試行錯誤を重ねた。128回の試作を繰り返し、チョコ製品のOEM(相手先ブランドによる生産)メーカーである東京フード(茨城県つくば市)に製造を依頼することで完成度を高めたという。
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なぜチョコっぽく感じるのかには科学的な裏付けもある。本来、焙煎したゴボウは100種類以上の香りを持つことで、複雑な香りを醸し出している。ゴボーチェでは製造過程でチョコレートに似た香りを際立たせるため、このうち弱い香りを飛ばす加工を施している。ゴボーチェには、チョコが持つ10種類の香り成分のうち8種類を持たせているといい、それがチョコっぽさを感じる秘訣になっているそうだ。
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ゴボーチェは現在、ナチュラルローソンの店頭や通信販売で販売。12枚入りで税抜き600円とプレミアム価格帯ではあるが、食物繊維の豊富さやポリフェノール、フラクトオリゴ糖入りをうたっていることや、ノンカフェイン、カカオアレルギーの人でも食べられるといった特徴もあって健康志向が高い消費者を中心に受けている。
「今後、商品群は拡大していきたい」と、開発本部新規事業担当上席チーフの龍地泰明氏は話す。現在は消費者向けで脚光を浴びる「ゴボーチェ」だが、素材には業務用としての用途も伸びしろもありそうだ。グローバルに打って出る計画もあるといい、「カカオショック」の荒波をくぐりながら挑戦は続く。